杏仁のつぶやき(今日は珍しくエッセー風)
◇役所のずるさを実感
区立幼稚園大好きパパさん、そんぞく父ちゃん、
応援・励ましレスをありがとうございます。
庄司教育次長は、区立幼稚園問題に関する熊本区長との
200人対話集会を拒否する理由について
「理由を説明する必要があるのか疑問に思います」と
言い回しに気をつけながら、ゆっくりと述べられました。
『煽ってやろう』というよりは、
ホームページに発言をアップされるから
言葉使いには気をつかっていらっしゃるように感じました。
でも、「疑問に思う」などと婉曲した言い方をされても、
結局は拒否理由を明らかにしてくださらないわけで、
「こうした遠まわしの言葉使いが何の意味があるのか」と
それこそ聞かされた私のほうが「疑問」に思いました。
むしろそうした慇懃無礼な言い回しや、
まわりくどい表現で保護者を言い含めようとするあたりに
役所のずるさが現れているように思いました。
◇「議論の時間の無駄」とは?
こうしたやり方は役所だけではなく、区議の方にも感じたことがあります。
存続運動が始まったばかりの昨年の8月ごろ、
自民党のある区議さんに、面談をお願いしたことがあります。
その時、その区議さんから、こう言われました。
(以下、自民党区議の発言)
我々は我々が世田谷80万区民にとって良いと信じることをやる。
たとえ署名をいくら集め廃園を反対しようと、
粛々と計画を進めるのみだ。
だからあなたたちと会って話したとしても話は平行線であるし、
議論の時間の無駄だ。
これに対し、私は
「会って話してみれば歩み寄れることがあるかもしれない。
議論の無駄などと言わないでください」
と面談を再度申し入れたのですが、
その時その区議さんからは
「私は『議論の無駄』とは言っていない。『議論の時間の無駄だ』と言ったのだ!」
と反撃を受けました。
「議論の無駄」と「議論の時間の無駄」…
この言葉の違い、私には謎です。一体どこに違いがあるのでしょうか…
聞けば聞くほど首を傾げざるを得ません。
◇あきらめなければ光は見える!
この自民党の区議さんは、自らのホームページで
「おしゃべりな奴と言われても、報告します。区政ありのまま」
「そばやピザには負けないで、出前の区政を進めます」
などの素晴らしい看板を掲げていらっしゃいます。
でも残念ながら私は、この方を含めた自民党区議団から、
そうした建設的な姿勢を感じることができませんでした。
うわべでは区民との「対話」を求めているポーズをとっても、
自分に利益がないことや、耳に痛い話には応じてくれない。
そんな党体質を、自民党に限らず、いくつかの会派からは感じました。
結局、こうした区政を変えられるのは
私たち区民ひとりひとりの
「このままではいけない」
という意識にかかっているのではないでしょうか。
「どうせ区政なんか変わらない」と諦めるのか。
それとも「みんなで力を合わせればきっと変えられる」と信じるのか。
そこに私たち区民にとっての「勝敗の分かれ目」があるように思えてなりません。


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